1967年~現在 日本女子テニス連盟の歩み
日本女子テニス連盟は、日本の女子テニスの層を厚くし、世界に活躍するプレイヤーを育てたいという有志が集まり1967年に発足しました。
全国レディース大会(旧朝日レディース)では全県で予選が行われ、代表による全国決勝大会が出来たことで支部の結成が促進されました。
今では約3万7千人の会員を抱え大会開催・運営、講習会、ボランティア活動、募金活動にも力を注いでいます。
| 1967年 | 発足会議が開かれる。 |
| 1968年 | 「女子庭球連盟」として結成。 |
| 1977年 | 「日本女子庭球連盟」と改名。10周年記念パーティー(神宮クラブ) 規約を策定、本部・支部の機構に変更する。会員・賛助会員制度始まる。 |
| 1979年 | 日韓親善試合、朝日レディース大会始まる。 |
| 1981年 | 「日本女子テニス連盟」と改名。 会長 桑名寿枝子、副会長 武石文江・井上早苗、理事長 宮城黎子 就任 |
| 1983年 | 日本テニス協会創立60周年記念で協会の傘下団体に。 |
| 1985年 | 「桑名杯トーナメント」を全国的に開催。国際大会への協力始まる。 |
| 1987年 | 日本女子テニス連盟創立20周年記念。委員会制度始まる。 |
| 1991年 | 念願の全国47都道府県に支部結成。 名誉会長 桑名寿枝子、会長 井上早苗 就任 |
| 1992年 | 副会長 宮城黎子・藤倉喜代・村上照子、理事長 飯田 藍 就任 |
| 1993年 | 桑名寿枝子名誉会長永眠される。〔会員数 3万3千〕 ALT基金スタート |
| 1994年 | 法人化に向け調査開始。 |
| 1995年 | 阪神大震災救助の募金活動。〔会員数 3万7千〕 |
| 1996年 | 事務所開設(朝日生命久我山スポーツセンター内)。 |
| 1997年 | 日本女子テニス連盟創立30周年記念。〔会員数 3万9千〕 名誉会長 井上早苗、会長 宮城黎子、副会長 飯田藍、 理事長 丹野緑就任 |
| 1998年 | 第20回「朝日レディーステニス記念大会」開催。 第1回GoGoテニスフェスティバル井上早苗杯始まる。 ALT基金で車いす8台を日本車いすテニス協会へ贈呈。 |
| 1999年 | 専務理事 伊波昭子 就任 |
| 2000年 | 会員数4万人を突破。 |
| 2001年 | 宮城会長、ITFより「AWARD FOR SERVICES TO THE GAME」を受賞。 |
| 2002年 | 事務所移転(高円寺) 朝日レディースから全国レディースへ大会名変更 |
| 2003年 | 第25回全国レディーステニス記念大会開催 第1回ピンクリボンテニス大会開催 ALT基金でジュニア用車いす10台を日本車いすテニス協会に贈呈 |
| 2004年 | 日本女子テニス連盟、関東テニス協会より「感謝状」を授与される |
| 2005年 | 第27回よりソニー生命カップ全国レディーステニス大会となる。 副会長 伊波昭子、理事長 高木陽子 就任 |
| 2006年 | 第1回サエラ 始まる 第25回記念 日韓親善テニス大会開催 乳がん検診医用機器「マンモグラフィ」を島根県と京都府に2基を寄贈 |
| 2007年 | 日本女子テニス連盟創立40周年記念 式典・親睦会を開催 名誉会長 宮城黎子、会長 飯田藍 就任 |
| 2008年 | 宮城黎子名誉会長 永眠される 第30回ソニー生命カップ全国レディーステニス記念全国大会開催 ALT基金でジュニア用車いす10台を日本車いすテニス協会に、 4支部に車いす各1台、計14台を贈呈 第1回会長杯 グリーン・ヴィーテニス 始まる |
| 2009年 | 第1回JLTFクレストレディーステニスbyカーブス始まる 乳がん検診医用機器「マンモグラフィ」1基を三重県に寄贈 副会長 高木陽子、理事長 武正八重子 就任 |
| 2011年 | 乳がん検診医用機器「マンモグラフィ」1基を フォレストベル クリニック(名古屋市)に寄贈 |
